2011年 05月 09日 ( 1 )   

わたしを育ててくれるもの   

2011年 05月 09日

「わたしを育ててくれるもの」

最近
自分自身の将来について
よく思うことがあります

病気にならなければ
ひとりよがりな
頑固な「ばあさん」に
なっていたに違いないって

だって
元気で
自分が動けたら
動けない人の気持ちなんか
わからないでしょう?

たとえ
考えたとしても
自分が体験していないなら
机上の知識でしかないでしょう?

そんな風に思えば
つらく苦しい体験だとしても
人生の「肥やし」に
なっていると
思えてくるのです


たしかに
だれでも
つらいことは
みずから
希望しないけれど
「ラク」ばかりの人生だとしたら
ほんとうに
それで満足なんでしょうか?
しあわせなんでしょうか?

最後の最期に
こころから「ありがとう」と
笑って言えるのでしょうか?


2009.06.15




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夢を持ち続けている限り、
それはかなう可能性があるということだ。
諦めてしまえば、可能性はゼロである。
けれども諦めなければ、
可能性はゼロにはならないのである。

考えてみると、死ぬ前に後悔するのは、
夢がかなわなかったこと、
かなえられなかったこと、
そのものよりも、
むしろ夢をかなえるために
全力を尽くせなかったことに
あるのかもしれない。

(死ぬときに後悔すること25―1000人の死を見届けた
終末期医療の専門家が書いた、大津秀一)


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