2011年 04月 04日 ( 1 )   

自分のこころがつらくなるのは   

2011年 04月 04日

わたしは入院中の2002年は、
人生で一番頑張れた時期だと思います。
いえ、そのとき以外にも、
本当はもっとがんばっていたはずですが、
がんばっているのに、つらい・・・
そんなときがありました。

がんばって、がんばっているのに、
結果は出ず「つらい」というのは、
なぜなんだろうと、自分の体験を振り返り、
こういうことかなと思ったことを書いてみますね。

それは、たぶん、「がんばる方向」が
違っていたんじゃないかと、
50代のまほには思えるのです。

「がんばる方向」ってなんやと
いう声が聞こえます。
説明してみますね。
たとえば、風邪(腹痛もある)なのに、
胃腸薬を飲んでいては、
咳やのどの痛みは消えず、
風邪が完治しないようなものです。

つまり、風邪にあたるものが、
みなさんのこころなんです。
心にぴったり効くお薬じゃないと、
こころの痛みは消えないのです。

そう考えますと、
がんばって、がんばっているのに、
つらかったことが、証明できます。

まほはこころの要求と違うことを、
がんばっていたんです。

歩けるように、元気を出して、
がんばらなければならない。
この、○○しなければならない、
mustという感情が、
まほのこころを苦しめていました。
ですから、リハビリをがんばっても、
腰すら上がらない、
車いすに数分しか座っておられないと
いう事実は、まほのこころに
「駄目な奴」「辛抱が足らない奴」という
レッテルを貼り、リハビリ自体を
苦痛なものにしました。
当然、リハビリも楽しくありません。
ただのノルマですからね。

そこで、こんなことでは、
退院の望みの綱であるリハビリ自体が
嫌いになってしまう・・・
そう思ったんです。
結果なんて、いいじゃないか。
自分がリハビリを楽しむことが先決。
リハビリを嫌いになったらだめだと思いました。

わたしは言われたことができないと、
先生に詰め寄って、出来ない理由を探していました。
いまなら、こんなことをすればするほど、
自分を落ち込ませるって、わかります。
自分が掘った落とし穴に、
まんまと落ちる方向でした。

いくら、原因を探っても、
できないことはできないんだ・・・
そういう風に「がんばる方向」をかえたんです。
そうしたら、自分のこころのつらさ・痛みが
消えていったんです。

結果を気にせず、リハビリが楽しめたんです。
調子よくできたときは大いに喜び、
調子が悪い日でも、明日またがんばろうと
思えたんです。

たぶん、自分のきもちに逆らって、
○○しなければという気持ちを持たず、
結果より、過程を重んじたことが
よかったと思うんですね。

○○しなければを○○したいに
かえた事が大きいと思います。
つまり、mustからwantにしたんです。

川の流れに逆らわず、
志(しあわせに生きる)だけは持って、
流されてみたんです。
そうして、気づけたんです。
人間のこころが苦しいのは、
こころに思っている自分の気持ちを
否定していたときだと。
自分のこころを肯定すれば、
心が喜ぶのだということを。
ありのままを認められない、
受け入れない心が、
自分をつらく、
しあわせから遠ざけていたということを。

しあわせになる「つぼ」は
自分の感じている気持ちに逆らわないことだと、
まほは思いましたよ。



 
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